「天皇」号について

  

 「天皇」とは、倭語を漢語に漢訳した言葉であり、『日本書紀』には、「天王」とも書かれるように、その意味は「天子」と言う意味である。

  *「向大倭侍“天王”。」(雄略天皇紀五年・百済新撰)

  *「神日本磐余彦“天王”」(「日本書紀私記(丙本)神武」)

    *「天王:[emperor]天子。春秋經中尊稱周天子為“天王”。」(漢典)

 

 『隋書・倭國傳』に記録される当時の倭国(推古朝)の「国書」に「日出處天子、致書日没處天子無恙」(大業三年)とあるように、「天子」号を使っていた事が確認される。しかし、隋帝には、「帝覧之不悦、謂鴻臚卿曰、蠻夷書有無禮者、勿復以聞。」と言われ、隋國側には評判がよろしくなかった。このため、二度目の国書には「東“天皇”敬白西皇帝」(「日本書紀」推古紀16年)と「天子」を「天皇(もしくは天王)」に改めた様である。

  「天皇」の号が文献に現れるのは、元興寺の「丈六仏銘法」や法隆寺の「法隆寺薬師如来光背銘」、中宮寺の「天寿国曼荼羅繍帳」など推古期遺文に集中的にみられる事からも、その使用はこの時期が嚆矢と思われる。

 漢語に翻訳された号の「天皇」の読み方は、当初は漢字音のまま「テン(ム)ワン(ム)」と読まれたであろう。推古期遺文などには「大王天皇」と言う表記が見られるが、この読み方は訓・音混じりの「キミのテンワン」であろう。

 倭語の「きみ」は、『日本書紀』で「君」や「王」、「大王」、「天」、「皇」、「陛下」、「人主」、「元首」、「人君」、「王者」、「帝」などの傍訓に当てられるほど使用範囲が広い称号である。固有の文字を持たない当時の倭語は、まだ語彙が少なく同音異義が多い言葉であり、漢語ほど差別言葉も多くないので、広く上位の尊称として「きみ」が使われたものであろう。実際上は、言葉ではなく、その場の状況や処遇で上下関係が区別されたと思われる。また、散文と異なり、音調を整える必要がある歌などの韻文には、「おほ・きみ」と四音節で使われることも多い。

  *「「君(きみ)者、指一人、天皇是也。俗云、須賣良美己止(すめらみこと)。」

 (「令集解・喪葬令・古記」)

  *「「君(きみ):謂天子也。」(「令義解・喪葬令」)

 

 ちなみに、「随書・倭國傳」の「倭王姓阿毎、字多利思北孤、號阿輩雞彌」の「阿輩雞彌」の読み方は「“あへきみ”」である。これを倭側の漢字で書けば、「食皇(食王)」となり、この号に該当する天皇は「「豊御“食”炊屋比賣命(推古天皇)」しかいない。

<語注>

 阿:あ(上文の「阿毎」は「あ・ま」であり、これと同音。)

 輩:へ(乙類)

   *「輩:《廣韻》《集韻》《韻會》補妹切《正韻》邦妹切、音背。」

    *「<嚴瓮。此云、怡途背。>(日本書紀)」

    *「<嚴瓮:伊豆倍。>(日本書紀私記)」

  雞彌:きみ

  食:『日本書紀』で「食」や「饗」に「あへ」と傍訓を付ける。