「天皇(天王)位」について 2019.01.22

  

「天皇(天王)位」が2000年近く存続したのは、ひとえに時々の有力者や国民が望んだからであろう。主権在民の今でも皇室の存続を望む声は多数を占める。個人的には、もう開放してさしあげてもよいのではないかと思うが・・・・

 

天皇位は、出自による身分制度の頂点をなす。この出自による身分制度とは、民主主義の概念が無い時代にあって、無用な争いを避けるための唯一の社会秩序維持制度であったであろう。この概念で、主権をめぐる争いは、主に王族と言う特定階層内で留まり、社会全体で身分制度を超えた下克上の争を繰り返す事が無くなる。また王政の下で覇権を握った者も「天皇制」を温存し身分制度を根底から崩さなければ、秩序維持にこれを再利用できる。さらに、「天皇」が中国王朝の「皇帝」のように時々の有力者から排除対象にならなかったのは、天皇が抽象的な権威や権力を持ったとしても、具体的な特定の國や地域を持たなかったからでもあろう。古代中国には、

 「天子有田、以處其子孫。諸侯有國、以處其子孫。大夫有采、以處其子孫。是謂制度」(禮記・禮運)

 「正義曰、天子有田以處其子孫者、案王制云、天子之田方千里是也。」

 と言う概念(制度)があったが、日本の天子(天皇)には、この様な概念(制度)は見られない。だから、天皇親政による中央集権体制(律令制時代)になっても、天皇が皇子達に國を分与する「親王国」制度は見られない。

 

天皇の財政基盤は、各氏族達の奉仕(現物供給や労働提供)で賄えられ、天皇の皇子達は親子別居で、各氏族の奉仕で養育される。財源として、屯倉、子代、名代などが設けられるが、それらも直接経営では無く、後の荘園制度と同じように、そこから上がる収益の上分を財政基盤に当てられるだけで、その地域の経営は各地の豪族が担ったと思われる(律令制でも在地豪族が郡司となり、直接の経営を担う)。皇位後継から外れた多くの皇子達は、臣籍降下で、新たに「姓」を受けて地方にパトロンを求めて散って行った。

  

<補足>

 ついでに「倭王以天爲兄、以日爲弟」(隋書・倭國傳)について

 

 「倭王以天爲兄、以日爲弟」<倭王は天を兄とし、日を弟とする。>とは、天を上位とし、日をその下位とする中国思想による概念であろう。

  *「天:顚(てっぺん)也。至高無上。」(説文)

  *「日月麗(つく)乎天、百穀草木麗(つく)乎土。」(易・離)

  *「天子父事天、母事地、兄事日、姉事月」(『獨斷』)

この概念は日本神話に見られない。日本神話の「天」とは、「神聖な“場所”」で「日」とは、「輝き尊ぶ“称号”」でああり、そこに直接的上下関係は無い。さきの「隋書」の文の意味は、「”天”が地上を覆うが如く、“兄”は治天下の王となり、“日”が、その天に付いて、地上の万物を照らし出すが如く“弟”が”實務”を行う。」と言うことであり、宗族(皇家)の兄(推古天皇)と弟(聖徳太子)で国を治めていると言うことであろう。これは、「魏志倭人伝」に言う「(卑弥呼)有男弟佐治國。自爲王以來、少有見者」この政治状況の再現とも言える。

   *「於是共生“日神”、號大日孁貴(中略)當早送于天、而授以天上之事。」

   (神代紀上・五段本文)

   *「兄」とは「年上、年長、オトの対」(時代別国語大辞典)で使用に性別が無い。

   *「兄媛、弟媛等」(雄略紀14年)