「憲法十七条」訳注(上宮太子論別稿) 2021.12.03

はじめに

ここで太子憲法の原文(漢語漢文)に訳注を施してみます。固有の文字のない倭語にとって、当時の文書化は、倭語を漢語に翻訳する作業とも言えるでしょう。よって、「漢語古語語法」に従って原文を解釈し、その訳文は、明治以降の「学校漢文の訓読法」によらず、原文の雰囲気を残しながら現代語的訳文とします。所謂「学校漢文(学習漢文)」とは、その学習要領が示す様に日本語の「文語文」を学ぶためのもので、「漢語」を学習するためのものではありません。しかもその「文語文」は近世の漢文訓読の影響を大きく受けていますが、近代以降の「漢語語法研究」の成果はほとんど反映されていません。ここにあらためて「漢語古語語法」を必要とする理由があります。

この「憲法」の主な対象は、皇族や領主層(各豪族)やその官吏(主権者の輔弼組織)であり、一般民衆ではありません。まだこの時代は封建的国家体制で、朝廷が全ての民を直接統治する中央集権的国家体制とは言えないと思います。

条文の文章スタイルは、各条のはじめに綱領的文(要約文)をのせ、下文で読み手や聞き手が理解しやすい様に具体的に述べるものです。基本的に法文には、読み手に必要な情報を明瞭に伝達することが求められますので、各条文の哲学的深読みは、出来るだけ避けるようにしました。

*ここでは、「史料原文」に、私的に句読点や改行をおこなったものを「原文」とします。

 

「原文」

一曰。以和爲貴、無忤爲宗。
人皆有党、亦少達者。

是以或不順君父、乍違于隣里。
然上和下睦、諧於論事則事理自通、何事不成。

「訳文」

一に曰わく。やわらぎを貴となし、さからうことなきを宗(むね)とせよ。
人にはだれしも親族があり、また(礼義を)さとっている者も少ない。

だから、ある者は、君父にしたがわないか、あるいは隣の集落で過失をなす。
しかし、上がやわらぎ、下が仲良くし、議論を穏やかにすれば、

事の理は自ずと通り、何事もならないことがあろうか。

「語注」

【以】:介詞(前置詞)。日本語での格助詞の「を」。

【和】:やわらぎ。「以和為貴=和を貴と為す」(「禮記・儒行」)
【忤(ゴ)】:さからう。「逆、不順從」(漢典)

【宗(ソウ)】:むね。一番に大切にする点。

【党】:仲間や親族を指す。「党:指親族;父~。母~。妻~。」(漢典)

【達】:さとる。

【或】:不特定のものを指し、ここでは「ある者」と訳した。「或;泛指人或事物(ひろく人または事物を指す)」(漢典)

【乍(サ)】:あるいは(選択接続詞)。「乍;或者 [or](連詞)」(漢典)。

【違】:過失。過失をなす(動詞としての解釈)。

【隣里(リンリ)】:となりの集落。「里」は「さと」で、後の行政区画ではない。
【然】:しかし。

【睦(ボク)】:むつむ。仲良くする。
【諧】:穏やかにする。

【論事(ロンジ)】:事を論じること。議論。

【則(ソク)】:そうすれば(連詞)。条件的文言は前にあって、その結果的文言は後に来る。「則;表示条件的分句在前、表示結果的分句在後」(王力編「古代漢語」)

【何事不成】:なにごとかならざらむ(文語調反語)。意味は「何事もならないことがあろうか(何事も成るよ)。」

 

「補足」

憲法の第一条に「和」を言い、「上和下睦(ジョウワ・ゲボク)」を挙げたのは、「蘇我物部戦争」や「崇峻天皇暗殺」、「新羅遠征」(推古八年=600年)などが起こった当時の騒然とした世相を反映したものであろう。


「原文」

二曰。篤敬三寶。

(三寶者佛法僧也。則四生之終歸。萬國之極宗。何世何人非貴是法。)
人鮮尤惡、能教從之。

其不歸三寶、何以直枉。

「訳文」

二に曰わく。あつく三寶(仏)を敬え。

(三宝とは佛、法、僧なり。つまり、四生の終帰、万国の極宗なり。何れの世、何れの人も、この法を貴ばないことはない。)*この部分は注釈的で後人(仏教徒)の付加と考える。
人には、はなはだしい惡は少なく、これによく教えて従わせよ。

それ、三宝(仏)に従わず、何をもって、まがったものを直せようか。>

「語注」

【三寶(サンポウ)】:後文に注釈があるが、総じて「仏」の事であろう。

【則】:つまり(副詞)。

【四生(シショウ)】:「〔仏教〕生きものをその生まれ方の相違によって四つに分類したもの。胎生(人・獣)・卵生(鳥ノヨウナモノ)・湿生(ボウフラヤ虫ナド)・化生(天人・地獄ノ衆生ナド)の四つ」(学研国語辞典)。 「謂四生、卵生、胎生、濕生、化生。」(長阿含經二十二卷)

【終帰(シュウキ)】:最後のよりどころ。

【鮮】すくない。この文の述語(形容詞述語文)。漢語は述語が主語の直後に来るが、これを最後に読めば日本語らしくなる。

【尤(ユウ)】:はなはだしい。並外れた。「尤:格外。」(漢典)

【帰】:帰す;従う。(学研古語辞典)

【何以】:何をもって。ここの「以」は動詞的。疑問代詞(疑問詞)は動詞の前に来る。「疑問代詞、作賓語、就在動詞全面=疑問代詞は、目的語を成し、動詞の前に就く」(王力編「古代漢語」)
【枉】:まげる(まぐ)。まがる。また、道理をおしまげる。

 

「原文」

三曰。承詔必謹。
君則天之、臣則地之。

天覆地載、四時順行、万氣得通。

地欲覆天、則致壊耳。

是以君言臣承、上行下靡。

故承詔必愼、不謹自敗。

<訳文>

三に曰わく。詔を承ければ必ず謹め。
君は、つまり天であり、臣は、つまり地である。
天は覆い、地は載せ、四時が順行し、万氣は通る。
地が天を覆うことを欲すれば、則ち壊れることを致すのみ(自壊を招くのみ)。
このゆえに、君が言わば臣は承り、上が行えば下はなびけ。
故に詔を承ければ、必ず慎み、謹まなければ自ずと敗れるぞ。

「語注」

【承】:うける。敬語的には「うけたまわる」。

【詔(ショウ)】:天皇の命令(又はことば)。
【謹(キン)】:つつしむ。ていねいにかしこまるさま。

【則】:つまり○○である(副詞)。「則;用於判斷句表示肯定」(漢典)
【覆】おおう。
【四時】:四季(春、夏、秋、冬)。「四時行焉、百物生焉=四時行はる、百物生ず」(論語・陽貨)
【壊】:こわす。こわれる。

【靡(ビ)】:なびく。外から加わる力に従う。「燕従風而靡=燕は風にしたがって靡かん」(史記・淮陰侯)
【慎】:つつしむ。

【敗】:やぶれる。形がくずれる。また、物が腐ってだめになる。「肉敗、不食=肉敗れしは、食らはず」(論語・郷党)

 

「補足」

第二条で仏教の普及を進め、この第三条と次の第四条で儒教の「礼」にもとづく「身分制度秩序」を述べる。当時としては、「身分制度」が、武力による下克上の争いを無くす唯一の「社会秩序制度」であったであろう。

「原文」

四曰。群卿百寮、以禮爲本。
其治民之本要在乎禮。

上不禮而下非斉、下無禮以必有罪。
是以群臣有禮、位次不亂。

百姓有禮、國家自治。

「訳文」

四に曰わく。群卿百寮は、礼を以て本とせよ。
それ、民を治めるおおもとは礼にあり。
上が不礼ならば、下はととのわず。
下が無礼ならば、(無礼を)もって必ず罪を犯すであろう。
このゆえに、群臣に礼があれば、位次は乱れず。
臣民に礼があれば、国家は自ずと治まる。>

【群卿百寮(グンケイヒャクリョウ)】:四文字で「まちきみたち」の古訓あり。「卿」は高級官僚。「百寮」は百官で全ての官吏。

【治民之本要】:この五文字で主語句となる。「本要(ホンヨウ)」は要点。おおもと。「本要:要領、綱領。」(漢典)。
【不禮】【無禮】:二字で一語の連語として訳した。「禮」とは、「夫禮者。所以定親疏。決嫌疑。別同異。明是非也。」(『禮記』曲礼)。

【斉(セイ)】:ととのう。

【以】:「以之」の「之(無礼を示す)」の省略形とした。

【必】:かならず。可能性がきわめて高い推定をあらわす。

【有罪】:「有」には「所有(持つ)」の「有」と「有無(存在)」の有があるが、ここは前者の意味を取り、「罪をおかす」と訳した。
【位次】:位序。位の順序。上下のわきまえ。

「日本書紀・推古天皇紀」に「十二月戊辰朔壬申、始行冠位。大德・小德・大仁・小仁・大禮・小禮・大信・小信・大義・小義・大智・小智、幷十二階。並以當色絁縫之、頂撮總如囊而着緣焉。唯、元日着髻花。 十二年春正月戊戌朔、始賜冠位於諸臣、各有差。夏四月丙寅朔戊辰、皇太子親肇作憲法十七條。」 「隋書倭人伝」に「官有十二等。一曰大德,次小德,次大仁,次小仁,次大義,次小義,次大禮,次小禮,次大智,次小智,次大信,次小信,員無定數。」(「日本書紀」と大禮以下の順序が異なる)。

【百姓(ヒャクセイ)】:臣民一般。

 

「原文」

五曰。絶餮棄欲、明辨訴訟。
其百姓之訟、一日千事。

一日尚爾、况乎累歳。
頃治訟者、得利爲常。

見賄聽、便有財之訟、如石投水、乏者之訴、似水投石。
是以貧民、則不知所由。

臣道亦於焉闕。

「訳文」

五に曰わく。むさぼりを絶ち、欲を棄てて、訴訟を明らかに治めよ。
それ、臣民のうったえは、一日千事なり。

一日して尚しかり、まして年をかさねれば言うまでもない。
この頃、うったえを治める者は、利を得ることを常とする。

賄(まいない)をみて聴けば、すなわち、財のある者のうったえは、石を水に投げるが如くで(水の波紋の様にすぐさま反応する)、乏しき者のうったえは、水を石に投げるに似る。(何の反応もしない)。
このゆえに、貧民であれば、則ち頼る所を知らず。

臣道もまたここに欠ける。

「語注」

【餮(テツ)】:むさぼり食う。古訓に「あぢはいのむさぼり」とある。「餮;貪食(ドンショク)也=貪り食うなり」(玉篇)

【欲(ヨク)】:古訓に「たからのほしみ」とある。
辨(辯・弁)】:おさめる。「辯;治也、辨;判也」(説文)

【訴訟(ソショウ)】:うったえ。二字一語の連語。訴、訟は共にうったえる。
【爾(ジ)】:しかり。「詞之必然也。」(廣韻)。「位於句末,表示肯定的意思=文末に置かれ、肯定的意志を表す。」(漢典)
【况乎】:いわんや。「況(いわんやをや)」の形で用い、前の節の意味内容に比べて、より大きい事がらを持ち出して、ましてこれは言うまでもない、の意をあらわすことば。

【累】:かさねる。かさなる。
【頃】:このごろ。近ごろ。
【賄(ワイ)】:まいない。所有する財貨。

【便(ベン)】:すなわち(接続詞)。「卽也,輒也。」(康煕字典)

【則】:すなわち(接続詞)。前段のあとにすぐ後段が続くことを示す接続詞。

【所由(ショユウ)】:よるところ。「頼る所」と訳した。
【焉】{指示詞}これ。これより。
【闕】{動詞}かける(カク)。かく。完全に備わっているべきものが足りない。

 

「補足」

1)「日本書紀(推古天皇元年四月)」に次のように言う。

「立厩戸豐聰耳皇子爲皇太子。仍録揶政(中略)及壯一聞十人訴、以勿失能辨。」

 

2)「隋書倭国伝」に次のように言う

「倭王以天為兄,以日為弟,天未明時出聽政,跏趺坐。日出便停理務,云委我弟。」

<倭王は天を兄とし、日を弟となし、天が未だ明けざる時に出て政務を聴き、僧侶の様に座す。日が出れば即ち理務をやめ、(あとは)我が弟に委ねよと言う。>

*【兄(エ)】:一族の兄や姉で男女共通。【弟(おと)】:一族の弟や妹で男女共通。

*【跏趺(カフ)】:「佛教中修禅者的坐法=仏教修行者の坐法」(漢典)


「原文」

六曰。懲惡勸善、古之良典。
是以无匿人善、見惡必匡。
諂詐者、則爲覆國家之利器、爲絶人民之鋒劔。
侫媚者、對上則好説下過、逢下則誹謗上失。
其如此人、无忠於君。无仁於民。是大亂之本也。

「訳文」

六に曰わく。懲惡勸善は、古の良典なり。
このゆえに、人の善を隠すこと無く、悪を見れば必ず正せ。
それ、いつわる者は、すぐさま国家を覆す利器となり、人民を絶つ鋒剣となる。
また、こびへつらう者は、上に対すれば、すぐに下の過ちを好んで説き、下にあえば、すぐに上のあやまちを誹謗する。
それ、かくのごとし人は、みな君に忠なく、民に仁なし。
これは大乱の本なり。

「語注」

【匡(キョウ)】:ただす。
【諂詐(テンサ)】:いつわる。「諂詐;逢迎、詐偽。」(漢典)

【覆國家“之”利器・絶人民“之”鋒劔。】:体言と体言の間の「之」は日本語の「の」に当たるが、ここの用言と体言の間の「之」の用法は日本語に無く、ここでは読まない。

【利器(リキ)】:便利な器械。
【鋒劔(ホウケン)】:矛と剣。武器。
【佞媚(ネイビ)】:こびへつらう。

【則】:すごさま、すぐに(副詞)。

【本(ホン)】:もと。はじめ。

 

「原文」

七曰。人各有任、掌宜不濫。
其賢哲任官、頌音則起。

奸者有官、禍乱則繁。
世少生知、剋念作聖。
事無大少、得人必治。

時無急緩、遇賢自寛。
因此國家永久、社稷勿危。
故古聖王爲官以求人、爲人不求官。

「訳文」

七に曰わく。人におのおの任あって、つかさどるところは、乱すな。
それ、賢哲が官に任ぜられれば、頌音(ショウオン)がすぐさまおこる。

奸者(カンジャ)が官にあれば、禍乱がすぐさま広がる。
世に生まれながらの聖人は少なく、努力して聖人となる。
事に大小となく、人を得れば必ず治まる。

時に急緩となく(いつでも)、賢を遇すればおのずからゆるやかなり。
ここにより、國家はとこしえとなり、社稷に危うさなし。
故に、古の聖王は官の為に人を求め、人の為に官を求めず。

【掌(ショウ)】:つかさどる。
【濫(ラン)】:みだれる【頌】(ショウス){動詞}たたえる
【頌音(ショウオン)】:ほめことば。古訓に「ほむるこえ」。「頌;たたえる」。「音;きこえてくることば」。「声成文謂之音=声が文(あや)をなせば、これを音と謂う」〔礼記・楽記〕

【奸(カン)】:よこしま。

【禍乱(カラン)】:わざわいとなる世の中の乱れ。

【繁(ハン)】:しげる。どんどんふえて広がる。

【生知(セイチ)】:うまれながらに知る人。「聖人」のこと。「生而知之者上也者、謂聖人也」(論語注疏解経・李氏)

【剋念(コクネン)】:「努力」と訳した。「剋=克」;よく(剋=能)。「剋;能(できる)」(漢典)

 

「念」;常に心中に思う。「念;常思也。」(説文)。「「惟聖罔念作狂、惟狂克念作聖<惟聖人無念於善則為狂人、惟狂人能念於善則為聖人。言桀紂非實狂愚以不念善、故滅亡>」(尚書注)

【作(サク)】:なる。変化してその状態になる。

【急緩(キュウカン)】:差し迫っていることとゆとりのあること。
【遇(グウ)】:相手と関係しあう。「待遇」「礼遇」。
【寛(カン)】:ゆるやか。

【社稷(シャショク)】:国家を指す。土地の神(=)と五穀の神(=)。「土神和穀神。古時君主都祭祀社稷。後來就用社稷代表國家=土地神と五穀の神。後に社稷で国家を代表するようになる。」(漢典)

「原文」

八曰。群卿百寮早朝、晏退。
公事靡、終日難盡。
是以遲朝不逮于急。

早退必事不盡。

「訳文」

八に曰わく。群卿百寮は早く朝し、おそく退け。
公事は重大事であり、終日でも尽くしがたくもある。
このゆえに、遅く朝すれば、急なことに、間に合わない。
早く退けば、必ず事は尽くせず。

「語注」

【群卿百寮(グンケイヒャクリョウ)】:朝廷に勤める上級官吏や一般官吏。

【朝(チョウ)】:宮中に参内(サンダイ)して、天子や身分の高い人にお目にかかる。
【晏(アン)】:おそく。おそい。
靡盬(ビコ)】:二字で厳重(堅固)。重大事と訳した。「靡」は「ない」、「盬」は「不堅固」で二重否定となる。 「豈不懷歸 王事靡盬 我心傷悲<毛傳:盬;不堅固也>」(詩経・小雅・四牡)

【逮(タイ)】:およぶ。「不逮」の二字で「間に合わない」と訳した。

【急(キュウ)】:きゅうなこと。介詞(前置詞)「于」の後は名詞となるので、「急なこと」と訳した。

 

「原文」

九曰。信是義本、毎事有信。

其善惡成敗要在于信。
群臣共信、何事不成。

群臣無信、萬事悉敗。

「訳文」

九つに曰わく。信はこれ義の本であり、ことごとに信をもて。

それ、善悪成敗の要は信にあり。
群臣が信を共にすれば、何事も成らないことはないであろう。
群臣に信が無ければ、万事はことごとく敗れるであろう。

「語注」

【信】:まこと。真義。

【義】:道理。
【毎事(マイジ)】:ことごとに。全部に。

【萬事(バンジ)】:万事。すべてのこと。

【悉(シツ)】:ことごとく。

「原文」

十曰。絶忿棄瞋、不怒人違。

人皆有心。心各有執。
彼是則我非、我是則彼非。

我必非聖、彼必非愚、共是凡夫耳。

是非之理、誰能可定。
相共賢愚如鐶无端。
是以彼人雖瞋。還恐我失。

我獨雖得、從衆同擧。

「訳文」

(内の)怒りを絶ち、(外の)怒りを棄て、人との意見の相違に怒るな。
人にはだれにも心があって、心にはそれぞれに執着するものがある。

*(人によって価値観が異なる)
相手が是とすれば、自分は非となし、自分が是とすれば、相手は非となす。

自分は必ず聖人にあらず、相手も必ず愚人にあらず、共にこれ凡夫のみ。

是非の理は、だれが(一人で)定めることができようか。
(人が)賢愚を併せ持つことは、輪に端(はし)が無いのと似ている。
このゆえに、たとえ相手の人が怒ったとしても、すぐに、自分の落ち度を恐れよ。

*(相手が怒ったのは、すぐに自分に非があるかもしれないと思え)
自分一人が(是非の理を)得たと思っても、多くの人に従って、行動を同じくせよ。

*「我獨雖得、從衆同擧」は民主主義の多数決原理に等しい。

「語注」

【忿(フン)】:(内の)いかり。古訓に「こころのいかり」。「忿;恨也,怒也」(玉篇)。
瞋(シン)】:(外の)いかり。古訓に「おもへり(顔面)のいかり」。「瞋;張目也。」(説文)

【人違】:「ひととの違い」と訳し「人との意見の相違」と解釈した。
【執(シツ・シュウ)】:執着。 「則執動疑生。執心既動、理有可除之義。疑心既生、可有得解之義(中略)以決衆疑、令知真理」〔法華経義疏・方便品第二〕

【必(ヒツ)】:かならず。「必」に否定詞「不」がつき「不必」とあれば、「かならずしも」と「必」を否定して読むが、その読み方はここでは誤読となる。

【非(ヒ)】:にあらず(動詞)。「非:不是(ではありません)」(漢典)

【聖(セイ)】:聖人。

【愚(グ)】:愚人。

【凡夫(ボンプ)】:凡人(普通の人)。古訓に「ただひと」。《仏教》いろいろな欲望にまどわされ、まだ仏道の悟りをえていない人。

【彼(ヒ)】:かれ。かの(指示代詞)。「相手」と訳した。「かの;〔文語・文章語〕かれの。相手側の」。

【我(ガ)】:われ(一人称代詞)。「自分」と訳した。

【相共(ソウキョウ)】:交互に共にする。「併せ持つ」と訳した。「相;交互」(漢典)。
【鐶(カン)】:わ(輪)。かなわ。

【无端(ムタン)】:はしがない(無端)。同じことを繰り返す。「周旋無端、終而復始、無窮已也<周旋にはしが無ければ、終にしてまた始まり、窮まること無し>」(漢書・律暦志上)。

【彼人(ヒジン)】:彼の人。「相手の人」と訳した。
【雖(スイ)】:いえども。「いえども;仮定の逆接条件(たとえ…としても)を表す。」

【失(シツ)】:あやまち。やりすぎや見のがしのしくじり。「落ち度」と訳した。

【還(カン)】:すぐに(副詞)。「還;隨即、立刻」(漢典)

【得】:える。
【衆(シュウ)】:多くの人。
【同】:おなじくする(動詞)。

【挙(キョ)】:行動。ふるまい。

 

「原文」

十一曰。明察功過、賞罸必當。
日者、賞不在功、罸不在罪。
執事群卿、宜明賞罸。

「訳文」

十一に曰わく。功過を明らかに察し、賞罸は必ず当てよ。
かつては、賞に功が無く、罰に罪あらず。
事を執る群卿は、賞罰を明らかにすべし。>

「語注」

【察】:曇りなくすみずみまで調べ考える。「察鄰国之政=鄰国の政を察す」〔孟子・梁上〕
【当】:あてる。相当する。あてはまる。「不能当漢之一郡=漢の一郡に当たること能はず」〔史記・匈奴〕
【日者】:かつて。「日者、猶往日也=日者は、往日のごとしなり」〔漢書・高皇紀・顔師古注〕
【執】:とる。特定の仕事や職務をしっかりと握る。全権を引き受けて行う。

【群卿(グンケイ)】:各領主(各豪族)。

「原文」

十二曰。國司國造勿斂百姓。
國非二君、民無兩主。

率土兆民、以王爲主。
所任官司、皆是王臣。
何敢、與公斂百姓。

「訳文」

十二に曰わく。国司、国造は、民の財をおさめとるな。
国に二君はなく、民に二主なし。

率土の兆民は王(キミ)を主(あるじ)となす。
任用の官人は、皆これ王の臣下である。
どうしてあえてするのか、おおやけ(税)と一緒に、民の財をおさめとる事を!

*ここの「國」とは、畿内の「倭国」を言う。日本列島レベルの中央集権体制は、後の「律令」体制で完成する。

*「何敢・・・百姓。」は反問文で「臣民の財を私的に取ってはいけない」事を言う。

*ここの「国司」は、後の律令体制の「国司」と異なる。

「語注」

【國司】:くにのみこともち。朝廷から各国へ派遣された官吏。「日本書紀」孝徳天皇紀大化元年条に「拝東國等國司・・・國司等、在國不得判罪、不得取他(人の)貨賂。」とある。

【國造】:くにのみやつこ。朝廷の臣下となった各国の在地豪族。「日本書紀」神武紀二年条に「以珍彦(うづひこ)為倭國造」とある。

【勿(ブツ・モチ)】:するな(副詞)。「勿;不要、不可。表示禁止<禁止を表す>。」(漢典)

【斂(レン)】:おさめとる。「歛;徴収」(漢典)。「豹因重斂百姓、急事左右」(韓非子·外儲左下)。*勿斂百姓」は「百姓(民)」が勿斂の目的語だが、「率土兆民、以王爲主」から「百姓」は「王の臣民」であり、「民」そのものでは無く「民の財」と解釈することが文意的に妥当であろう。
【両(リョウ)】:二(ニ・ジ)。
【率土(ソツド)】:天下の土地。
【兆民(チョウミン)】:多くの民。天子が言うときは「兆民」、諸侯が言うときは万民。

【所任ショニン】】:任用の。「任」は役目や仕事をあたえてまかせる他動詞(及物動詞)。「所」は他動詞と結びついて名詞的語句を作る。「用在及物動詞的前面、和動詞組成一個名詞性詞組。」(王力編「古代漢語」)。

【官司(カンシ)】:官人。

【王臣】:王の臣下(家来)。

【何】:なんぞ。どうして。文頭にあって、文が反問文であることを示す。

【敢(カン)】:あえてする。「敢;進取也。」(説文)

【與】:一緒に。ともに。「與;跟、和、及 [with]」(漢典)

【公(コウ)】:「おおやけ(税)」と訳した。「公;平分也。背私為公。」(説文)

【賦斂(フレン)】:おさめとる。ここは「公的」に対して「私的におさめとる事」と解釈した。「賦斂;田賦。收。」(漢典)。

 

「補足」

「隋書倭国伝」での「倭国」は、主に「畿内」を言い、九州など西国は「自竹斯(筑紫)國以東,皆附庸於倭。」と書かれ、倭国の附庸国(属国)と言う。その畿内の倭国の行政区域は、「有軍尼一百二十人,猶中國牧宰。八十置一伊尼翼,如今里長也。十伊尼翼屬一軍尼クニが120人いて、中国の地方長官のごとし。80戸に一人のイニギを置き、今の中国の里長の如し。十人のイニギは一人のクニに属す」と載る。

ちなみに、同書で倭国の風俗を言うところで、

有阿蘇山其石。無故火起接天者、俗以為異、因行禱祭。

とあるが、「有阿蘇山“其”石」とは「有阿蘇山“之”石」のことで、「(倭国に)阿蘇山の石あり。」と言う。文が断片化して文意は、わかりづらい。恐らく葬儀の事を言う上文につく文であったと思える。この「阿蘇山の石」とは、当時畿内で石棺等に使われた阿蘇山のピンク石を言うのであろう。考古学的にも当時そのピンク石が畿内で珍重されていた事が裏付けられている。後文の「無故火」については、推古天皇紀二十八年条に「十二月庚寅朔、天有赤気、長一丈余。」とあり、ここの「赤気」が「無故火」に対応するか。後代の『吾妻鏡』には、「火柱」とも言われる。(「仁治二年二月四日;其東傍赤気又出現、長七尺(中略)観之怪之(中略)此變為彗形、異名火柱也」『吾妻鏡』)。

*【軍尼(くに)】:ここでは各国の長(国造)を言う。

「日本書紀・成務天皇紀」に「五年秋九月、令諸國、以國郡立造長、縣邑置稻置、並賜楯矛以爲表。則隔山河而分國縣、隨阡陌以定邑里。」*後文に「分國縣」とあるので、「國郡」は二字で「くに」、「縣邑」は二字で「あがた」。「古事記」も「国」と「県」と言う。

「古事記・成務天皇記」に「故、建宿禰爲大臣、定賜大國小國之國造、亦定賜國國之堺及大縣小縣之縣主也。」

*【牧宰(ボクサイ)】:「泛指州縣長官。州官稱牧,縣官稱宰。=ひろく州や県の長官を指す。州の長官は牧と称し、県の長官は宰と称す。」(漢典)

*【伊尼翼】:イニギ。県主(あがたぬし)の「イナギ(稻置)」の事か。*万葉仮名で「尼」は「に」や「ね」にあてられ、「稲」の読方には、いな、いに、いね、と三種類あったか?

*【里長(リチョウ)】:里の長。「古代一種居民組織」(漢典)、「一里八十。」(公羊傳·宣公十五年)。

*【其】:「其;猶“之”也」(王引之著『経傳釋詞』)

 

「原文」

十三曰。諸任官者、同知職掌。
或病或使、有闕於事。
然得知之日、和如曾識。
其以非與聞、勿防公務。

<訳文>

十三に曰わく。もろもろの官に任じられたる者は、職掌で知り得た情報を共有せよ。
あるものは病気で、あるものは使いで、事に欠くこと有り。
しかれど、知り得たる日にも(担当者がいない日でも)、かつて知りたるが如くに適切に対応せよ。
それ、あずかり聞かぬことを理由に、公務を妨げることなかれ。>

【諸】:もろもろ(形容詞)。

【同知(ドウチ)】:異なる担当間の情報を共有化すると解釈した。
【闕】:かける。かく(欠く)。
【和】:「適正に対応」と訳した。「和;相應也」(説文)。「和;いっしょに解けあったさま。また、成分の異なるものをうまく配合する。また、その状態。」(学研漢和大字典)
【曾】:かつて(副詞)。以前にしたことがある、の意。

【以】:理由。

「原文」

十四曰。群臣百寮、無有嫉妬。
我既嫉人、人亦嫉我。

嫉妬之患、不知其極。
*
所以智勝於己則不悦、才優於己則嫉妬。

*是以五百之乃今遇賢、千載以難待一聖。
*
其不得賢聖、何以治國。

「訳文」

十四に曰わく。群臣百寮は(人に)嫉妬を持つな。
我すでに人を嫉めば、人もまた我を嫉む。

嫉妬の患いは、その極みを知らないことである。
*
したがって、智が己より勝れば、喜ばず、才が己より優れば、嫉妬する。
*
それで、五百(年)のいまに、賢人に思いがけずに出あうも、千年に一人の聖人を待つことは難しい。
*
それ、賢人や聖人を得られなければ、何(誰)を以て国を治めん。

「語注」

【有(ユウ)】:もつ。「有;have」(漢典)

【嫉妬(シット)】:古訓に「うらやみ・にくむ」。

【所以(ショイ)】:接続詞(したがって)。「所以;因此(したがって)。」(漢典)

是以】:接続詞(それで)。「是以;表示因果的連詞。」(漢典)

乃今(ダイコン)】:いま。「乃今;如今(今)」(漢典)

遇(グウ)】:思いがけずに出あう。「遇;あう。ABとがひょっこりあう。転じて、思いがけずに出あう」(学研漢和大字典)。

【千載(センザイ)】:千年。「載;量詞。計算時間的單位。相當於「年」」(漢典)
【賢聖(ケンセイ)】:賢人と聖人。または「賢聖」の二字で「人格や才能がともにすぐれた人」とも言うが、ここでは「五百」や「千年」を引用しているので前者であろう。「孟子曰、千年一聖、五百年一賢(・・・千年に一人の聖人、五百年に一人の賢人)」(文選・李少卿答蘇武書(注釈))

 

「補足」

「所以~嫉妬」の文は「嫉妬」の説明をするが、これは蛇足であろう。「是以~以難待一聖」や「其不得賢聖、何以治國」の文は、太子の「共是凡夫耳」(第十条)の思想と合わない。太子は「聖人政治」を必ずしも求めていない。だから最後の第十七条で「夫事不可獨斷、必與衆宜論」と言うのである。恐らくこれらは太子の思想が理解できない後人による注釈文が竄入したものであろう。

 

「原文」

十五曰。背私向公、是臣之道矣。
凡人有私必有恨、有憾必非同。

非同則以私妨公、憾起則違制害法。
*
故初章云上下和諧、其亦是情歟。

「訳文」

十五に曰く。私に背き、公に向くは、これ臣の道なり。
およそ人に私あれば必ず恨みを生み、恨みをもてば、必ず協同しない。
協同しなければ、私をもって公を妨げ、憾みが起これば、制に違い法を害す。
*
ゆえに、初めの章で云った上下の和諧は、それはまたこの情か。

「語注」

【私】:私利私欲。

【公】:公平公正。

【凡(ハン・ボン)】:およそ。全体をおしなべて。

【憾(カン)】:うらむ。恨、怨と同じ。

【同】:「協同」と訳した。

【故】:接続詞(ゆえに。よって。)

【初章云上下和諧・・・】:第一条(初章)の「上和下睦」を指す。

 

「補足」

「故初章云上下和諧、其亦是情歟。」の文も恐らく後人による注釈文が竄入したものであろう。文末に疑問を表す「歟」が憲法条文に付くのは不自然である。

「原文」
十六曰。使民以時、古之良典。
故冬月有間、以可使民。
從春至秋農桑之節、不可使民。
其不農何食。不桑何服。

「訳文」

十六に曰く。民を適切な季節に使う事は、古の良典なり。
ゆえに、冬の月(冬季)にひまあれば、以って民を使うべし。
春より秋に至る農桑の時節には、民を使うべきでない。
それ、農作業しなければ何を食(食料)となし、養蚕しなければ何を衣服となす。

「語注」

【時】:とき。春・夏・秋・冬の四時。「使民以時、務在勸農桑」(漢書・五行志)

【典(テン)】:法律、法規。

【間】:ひま。
【農桑(ノウソウ)】:農業と養蚕。

【節】:時節。
【農】:農作業する(動詞)
【桑(ソウ)】:養蚕(ヨウサン)する(動詞)。桑を植えて蚕(かいこ)を育て絹糸を生産すること。

【服】:衣服。

 

「原文」

十七曰。夫事不可獨斷。必與衆宜論。
少事是輕、不可必衆。

唯逮論大事、若疑有失、故與衆相辨辭則得理。

「訳文」

十七に曰わく。それ、事は独断すべからず。必ず多くの人と論ずべし。
少事はこれ軽く、必ずしも衆議すべからず。

ただ大事を論じることに及ぶことや、またはあやまちある事を疑えば、よって(そこで)多くの人と議論し合えば、道理を得られるであろう。

「語注」

【與】:と(前置詞)。「與朋友交=朋友と交はる」(論語・学而)

【衆】:多くの人。次の「衆」は衆議と解釈した。
【唯】:ただ。

【逮】:およぶ。「及也」(説文)
【若】:または(選択の接続詞)。「若;或者(または) [or]」(漢典)。*「選択接続詞;六朝以前用“如”“若”、隋唐以後才用“或”。<選択の接続詞;六朝以前は“如”“若”を使い、隋唐以後に“或”を使い始めた。」(洪誠著『訓詁学』)

【失】:あやまち。「過失」の「失」。

【相】:互いに・・・しあう。

【辨辭(ベンジ)】:議論すると解釈した。 【辨(ベン)】:辯(旧字)。弁(新字)。論じる。「辯;争論是非曲直(是非、曲直を争論する)」(漢典)。 【辭】:争論。「辭;訟也」(説文)。「辭;按,分爭辯訟謂之辭(論争は辭と言う)」(漢典)

【理】:道理(物事のすじみち)。

 

「補足」

この憲法は「丁未(テイビ)の乱(蘇我物部戦争)」や「崇峻天皇暗殺事件」などで騒然とした世相を反映したものであり、太子自身が関係したこれら内乱や事件への反省も見られる。それは、第一条の秩序回復としての「以和爲貴、無忤爲宗。」であり、内省としては第十条の「我必非聖、彼必非愚、共是凡夫耳・・・相共賢愚如鐶无端。」の文言に表れる。最終的に治政の根本は最後の十七条の「夫事不可獨斷、必與衆宜論。」この文言であり、徹底した話し合いでの問題解決に希望を託したと思われる。この憲法には第十条に見られるように、時代を超えた「民主主義」の理念もあるが、これは当時の世襲的身分制度との社会的矛盾をはらむ。この矛盾が太子一族滅亡の悲劇へとつながった様に思える。しかし、一族のその「捨身(自死)」行為は、人々の心に強く残り、結果として「上宮太子」は後に「聖徳太子」と呼ばれるようになったのであろう。

 *「天皇諡;古記云・・・天皇崩後、拠其行迹、文武備者称大行之類。一云、上宮太子称聖徳王之類。<天皇の崩御の後に、その行迹(コウセキ)により、文武備わる者は大行(タイコウ)と称される類いなり。ある人は、上宮太子が聖徳王と称される類いと云う>」(令集解・公式令)